ここ数日、情報発信をしている方の情報に多く触れ、考えていました。はたして、アフィリエイターの役割とは何なのか? アフィリエイトについて語られている紋切り型の言説は正しいのか? どんなあり方が理想なのか?

断片的でまとまりのない内容になるとは思いますが、随想的に語ってみましょう。

不労所得・資産収入というのは本当か

アフィリエイトサイトを作ると、それはネットに自動販売機を作るようなもので、不労所得・資産収入になると言われています。

サラリーマンですと労働による時間給、つまり、給料しか収入源がないわけですから、自分が動かずともお金が入るというのは魅力的な話です。事実、私も1年前、2年前に作ったサイトからいくばくかの収入を得ています。

しかし、そのサイトを作るのには、鳴かず飛ばずで終わったはずれサイトも含め、それなりの時間がかかっています。また、いつ順位が落ちるか、案件終了になるかわかりません。ニッチなキーワードを狙うにしても、大きなキーワードを獲りに行くにしても、労力は必要です。

「アフィリエイトならネット上に仕組みを作ることで不労所得が得られる」

このように言う情報発信者は多数おりますが、そう語っている人ははたして、どのくらいの期間、自身のサイトから収入を得られているでしょう。あるいは、順位維持のためにどのくらいの時間・労力を割いているでしょう。

もしその期間が短く、かなりの時間・労力をかけているのなら、それは「不労所得」とまで言えるものなのか? その言葉からイメージされるほど魅力あるものなのか? ここは考えてみる必要があります。

アフィリエイトと一口に言ってもやり方はさまざま。サイトアフィリエイトに限定しても、手法は千差万別です。「不労所得」という言葉に見合うだけのキャッシュポイントが得たいのであれば、それ相応のやり方を模索する必要があるでしょう。

ネットの世界はWinner Takes All

インターネットビジネスの魅力として語られるものの一つに、「レバレッジが効く」というものがあります。

「レバレッジとはテコの原理のことです。ネットなら、記事でも動画でも、一度作るだけで何百人・何千人に見てもらえる。だからリアルビジネスより強いのだ」

と、このような話は、ネットビジネスに興味のある方なら一度くらい耳にしたことがあるでしょう。

たしかに、1本の動画が1万人に見られたら、これはすごいことです。リアルにそれだけの人に情報を届けようと思ったら、百人を相手に百回も話をしなければいけないわけですから。

しかし、レバレッジが効くということは、ネットの世界は基本的に「Winner Takes All.」になる、ということを意味します。「勝者はすべてを手にする」のです。

たとえば物販を考えると明らかですが、同じものを買うのであれば、ネットだといちばん安い通販サイトが一つあればそれでいいのです。Amazonがいちばん安いのであれば、わざわざ他で買う必要はありません。

強い者はますます強くなり、弱い者は淘汰されていきます。

アフィリエイトサイトでも、似たようなことは言えるでしょう。たとえば、料金や価格系のキーワードであれば、しっかりとしたわかりやすいサイトが一つあれば十分です。店舗・販売店系でもそう。客観的な情報がアンサーなのであれば、1キーワードにつき1サイトあればそれでいいのです。

口コミや効果、あるいは商標以外となるとまた話はちがいますが、それでも、1キーワードにつき何十何百ものサイトは必要ありません。よくできた1サイト、あるいは最新情報のある1サイト以外はほとんど必要ないし、やがて淘汰されていく運命にあります。

レバレッジが効くということは、「勝者がすべてを手に入れる」ことになり、これは「敗者は何も得られない」ことを含意している。たった1つ(ないしはごく少数)のサイト以外が駆逐されるということを意味しており、喜んでばかりもいられないのです。

SEOに頼っていていいのか

基本的に、アフィリエイターはSEOに励んでいます。ブラックだろうとホワイトだろうと、ビッグキーワードだろうとスモールキーワードだろうと、目標とするのは狙うキーワードでの上位表示です。

検索ユーザーはわからないことや悩みをGoogleの検索窓に打ち込んで検索する。答えを探す。そして、サイトにアクセスして情報を得て、うまくいけば購入ボタンを押す。

アフィリエイターはGoogleからの評価を得るため、また同時に訪問者からの評価を得るためにいいサイトを作ろうと励むわけですが、SEOを行うということは、検索ユーザーがGoogleで検索することを前提にしている。

言い方を変えると、SEO狙いのアフィリエイトサイトは、Googleで検索する人しか相手にできていないことになります。なんでも検索する人が増えてきたとはいえ、自分が買うもの、申し込むもののうち、はたしてどれくらい検索した末にその意志決定をしているでしょうか。

アフィリエイトをするにしても、SEO以外の道もあるのでは、と思い始めています。

それからまた少し別の問題として、いまネットを見ていると、Googleの検索結果に対する不信感というものもやや噴出し始めている。「何を検索してもSEOをほどこしたアフィリエイトサイトばっかりだ」というふうに、ネガティブに捉える風潮が出てきています。

こういった不満感が強くなれば、Googleもまた対策を講じるはずです。そのとき、これまで通用していたSEO対策の手法が無効化してしまうことは想像にかたくありません。

こうしたことを考えても、SEOだけに頼るのは危険ではないかと思うのです。

自由になって何を欲するのか

切り口は変わりますが、ネットビジネスの情報発信者はしばしば「自由な生活」という言葉を口にします。

「サラリーマンとして給料をもらってる生活でいいんですか。それは奴隷労働のようなものじゃありませんか。自分の力で稼いで、自由な生活を手に入れましょうよ」

あるいは、

「会社員として安定したレールの上を走るなんてのは、学校教育による洗脳なんですよ。目を覚ましましょう。自分の人生は自分で切り拓かなくっちゃ」

このようなアジテーションをよく耳にします。

しかし往々にして、その自由な生活の内実というのがよくわかりません。見えてきません。不本意な労働からの自由、つまり、「解放」という意味での自由以外に伝わってくるものがない。

「ネットビジネスで稼いで自由な生活を手に入れよう!」というのは、ある種、意図的に作られた幻想です。「いい大学を出て大企業に入って安定した人生を送ろう!」という幻想が崩れたために、新たにこしらえられた幻想です。

何か大きな変化が起こったようにも思えますが、しかし、少し引いてみると、ただ古い幻想が壊れて新しいものになったというだけで、だれかが作った幻想を多くの人が押し頂いているという構造自体は変わっていない

つまり、何が言いたいのかというと、そこに自発性がないということです。

大企業がCMやテレビ番組などさまざまな手段で人々に幻想を抱かせ、モノやサービスを買わせる。ネットのカリスマたちは、それに代わる幻想を用意して、情報商材や塾を売る。マーケティングという心理操作が行われているという点では同じことです。

しかし大事なのは、つまるところ、自分が何をしたいのかということです。何に価値を感じるのか、何を欲するのか、そこを考えなければ、結局は何かに踊らされるだけになってしまうでしょう。

理想のアフィリエイター像

ネットの世界では、強者はますます強くなり、弱者は淘汰されていく。今後はSEOばかりに頼っていられない。さらに、自分が何をしたいのかという価値観を持つべき。

こういった諸条件を踏まえて考えたとき、私がひとつ理想として描けるのは「ちょっと物知りで信頼できる、近くのお兄さん」というあり方です。

何かモノを買ったり、ちょっとした意志決定をするとき、私たちは家族や友人・知人の「ちょっとそれに詳しい人」の意見を参考にします。よほど重要なことは別として、普段の買い物や何かはそのくらいで十分だし、実際そうしています。

たとえば「どの格安SIMがいいか」と迷ったとき、わざわざ日本でトップクラスに詳しい人の情報にあたる必要はありません。「おすすめ20選」のような記事をがんばって読むのは非効率です。やや詳しい身近な人に「どれがいいかな?」と聞いて、それでオススメされたものを選ぶだけでいい。

私が理想とするアフィリエイターというのは、だいたいそんな感じです。

わざわざカリスマみたいにならなくてもいいし、幻想を売る必要もないし、SEOでライバルを蹴散らすほど何かに詳しい必要もない。身近に感じられてまあまあ信頼でき、聞いたらそれなりに答えてくれるような人。このくらいでちょうどいい。

自分という存在を信頼してもらえれば、もしくは魅力を感じてもらえれば、「他のだれでもいい」とはなりません。「そうだ、これはあの人に聞こう。あの人の出してる情報を見てみよう」となる。だから、SEOに頼らなくてもいい。

「どうせGoogleで検索したってよくわからないSEOだけの記事が出てきてしまうし、だったらあの〇〇さんのサイトを見てみよう」

こう思ってもらえればベスト。

そもそも私は小説を書く時間が持てる仕事をしたいと思い、そのためにネットビジネスに取り組んでいるわけなので、月収500万だとか1000万だとかを稼ぐ気はありません。そんなに必要ありません。なので、ネットにおいて「ちょっと物知りで信頼できるお兄さん」くらいで十分だろうと思います。

これも簡単だとは思いませんが、SEOで戦い続けたりガチのインフルエンサーになるよりはずっと現実的だし、ちょうどいい目標ではないかと思っています。

まとめ

ここで述べたようなアフィリエイター像というのは、よく理想として語られるものよりだいぶ小ぶりだし、人によっては「夢がない」と思われるかもしれません。しかし、「夢がない」などと言われるときの「夢」というのは、十中八九、だれかがマーケティングによって作り出した幻想に過ぎません。

もしアフィリエイターやブロガー、さらにはYouTuberがもし一般的な仕事として広まっていくとすれば、アフィリエイター=「ちょっと物知りで信頼できる人」という形に収斂していくだろうと予想されます。だって、「Winner Takes All.」では、ほんの一握りの人しか生き残れませんから。それはそれで死屍累々の絶望的な未来でしょう。

ネットビジネスに長く取り組むのでしたら、自分がどうなりたいのか、自分が何を欲するのかといった価値の問題についても考えていきたいものです。