がんばってウェブサイトを作り、アクセスを集めて商品・サービスが売れると、お金が入ってきます。アフィリエイト報酬は、うまくすれば月数十万円、数百万円だって稼げます。

しかし、仮にうまくいったとして、そんなことをしている場合なのでしょうか? もっと他にすべきこと、考えるべきことがあるんじゃないのか?

今回はそんな、ちょっと挑発的な話。

お金稼ぎにフォーカスし過ぎていませんか

アフィリエイトに取り組んでいる方は、インターネットでお金を稼ぎたい方でしょう。副業で収入を得たいとか、独立したいとか。

現状、アフィリエイトをする人の主たる目的——ほぼ唯一の目的——はお金を稼ぐため、だと思います。

しかし、それにしたってお金にフォーカスしすぎている気がします。そういう人が多すぎる気がする。

インフルエンサーや有名ブロガー、有力アフィリエイターが、自分でお金を稼ぐことを持ち上げて、そこに価値を感じさせ、煽っています。彼らはそれが仕事だからいいのですが、あまりに全面的に、そこに乗せられている人が多いように見えます。

はて、お金なんて稼いでいる場合なのでしょうか?

お金に関する誤った認識

私は嫌儲ではないし、お金を汚いと見ているわけでもありません。そういうことではないんです。しかし、お金は現在、実際よりも価値を高く見られ過ぎていると感じています。

以前にも書いたかもしれませんが、お金の価値を考えるときには一つの落とし穴があります。それはこういった論理です。

「お金がないと生活できない。だから、お金は大事である」

何が落とし穴かというと、お金がないと生活が立ちいかないのは事実なのですが、ここで、お金の多寡が無視されているということです。必要なだけのお金と、それを超える部分のお金という区別がないのです。

もしそこを区別すれば、上のテーゼはこう言い直せるでしょう。

「ある程度のお金がないと生活できない。だから、その分のお金は大事である。しかし、それを超える額のお金については、この限りではない」

たいして複雑ではありませんが、ここがあまり認識されていません。

必要な分を超えるお金、それもあったらあったで助かるし、贅沢もできるし、さまざまな不都合を解決してくれるものではあるから、ないよりあった方がいい。これもまた事実なので、多い方がいいというのは分かります。

しかし、あくまで「あっても困らない」という程度でしかありません。これは裏返して言うと、「なくても特段困らない」ということになります。ここがあまり認識されておらず、一歩か二歩手前で、思考が止まっている感があります。

お金の価値は下落していく

さらに、お金の価値は現在、かなりの勢いで下落しています。

たとえば自転車が欲しいと思ったとき、昔は自転車屋で買っていました。しかし今なら、ジモティーにて検索すれば安いものが個人から購入できてしまいます。

あるいは、何の労力もなしにお金が欲しいとき、今なら個人情報を企業に渡すことで数万円程度はすぐ手に入れることができます。証券口座やFX口座をセルフバックで作ればいいだけです。PayPayやLINE Payもお金を配っています。そのうち銀行や郵便局も配ってくれるかもしれません。

同じ便益を得るにしても、かつてのようにお金が必要ではなくなっているのです。このまま行くと、お金の価値はますます下落していくでしょう。

おそらく、私たちにとってのお金というのは、戦争を経験した人たちにとっての食料のようなものです。

生きていくのに必要だし、大切なもの。だから粗末にはできない。たくさんあるのはいいことだ。——戦争経験者はなかなかこの価値観から脱却できません。

私たちも、本当ならもうお金へのこだわりはかなり薄くなってていいはずなのに、意識が、価値観が、追いついていない。ある種、時代に取り残されつつあるのです。

お金の価値が下落を続けている今、私たちはお金なんか稼いでいる場合なのでしょうか?

学歴信仰があった高校時代の反省

なぜお金に関してこんなに懐疑的なのかと言えば、個人的な話ですが、高校時代あたりに学歴信仰に毒された経験があるからです。

中学・高校時代、あの頃は偏差値の高い学校へ行くことが正しいことだと思っていました。それが将来の可能性と選択肢を広げてくれるし、とにかくよいことだから、そうすべきだと思っていました。

実際、「就職に有利になるから」とか「上を目指して努力しろ」みたいなかたちで、陰に陽に、レベルの高い学校への進学が奨励されていました。

しかし、今では学歴はさほど重要でないと言われています。

この変化は私にとって、いわば「教科書に墨を塗らされた」ようなもので、軽視できるものではありません。これはもう、根っこから考え直さなければいけない。

現在、会社に頼らずに稼ぐことは称揚されていますが、これはあの頃の偏差値教育・学歴信仰の変奏曲のようにしか聞こえません。「早慶上智」と「月収7桁」は、驚くほど言葉のニュアンスが似ています。

おそらく時間が経てば、まただれかがこう言うでしょう。

「もう収入なんて重要ではない」と。そうして、これがコンセンサスになっていくに違いありません。

そうした未来が予見できるのに、お金を稼いでいる場合なのでしょうか?

好きなことがないと生きていけない

YouTubeのキャッチコピーとして、こんな言葉があります。

「好きなことで、生きていく」

かつて好きでもない仕事をしていた時代との対比で、かなり浸透しているフレーズです。

たしかに、YouTubeその他の方法を使えば、好きなことで生きていけるようになりました。まだ難しいけれど、努力次第では可能になりました。

しかし、これはただの福音ではありません。もしかしたら、世の中の崩壊を告げるラッパの音かもしれない。

というのも、今後は定型的な業務はどんどんロボットやAIに置きかわり、人間の仕事が減っていきます。と、「居場所」がなくなり、働くことの喜びも失われていきます。これはとても残酷なことです。

そのとき、「好きなことで、生きていく」は、「好きなことがないと、生きていけない」にまで発展するかもしれません。もはや、好きでなければそれを仕事としてやることは、不可能になるかもしれません。

そこで人は、自分が何を好きなのか考えなくてはならない。好きなことがあればいいけど、もしなかったら? 好きなことがない人は、どうやって満足感を得て生きていけばいいのでしょうか?

ある意味、「お金がないと生活できない」と思っているあいだは幸せでした。稼げばいいんだから。でも、稼ぐ必要のほぼなくなった世界で何をすればいいのか? これは努力で解決できる問題なのか?

このように考えていくと、空恐ろしくなります。

アフィリエイトにも「好き」が必要

話をアフィリエイトに戻しましょう。

だいぶ話が発展しましたが、卑近なところに戻せば、当面お金を稼ぎたい人は多いはず。私もそうです。ある程度のお金は必要です。

しかし、そのためにアフィリエイトをするとして、稼ぐことのみにフォーカスすると将来的な失敗を招くでしょう。「ただ自分が稼げればいい」という考えでやっていくと、仮に大金を稼げたとしても、その先に何もないことに気づいて呆然としてしまうかもしれません。

そうならないためには、稼げていない段階から「好きなことをやる」という意識が必要です。

これは、よく新社会人が言われる「仕事を好きになれ」という話とはまったく違います。そうではなく、自分が好きなことを見定めて、コンテンツにするのです。

アフィリエイトにも「好き」の感情を交えて取り組むことで、精神的な充実感を得られる。お金以外の価値を感じられる。と、将来的にお金がほとんど価値を失った世界でも、人生の指針を正しく持つことができるでしょう。