人物でも作品でも行動でも、ふと何かに違和感を覚えること、ありますでしょう? 具体的に何がおかしいのかは分からずとも、とにかく「何かがひっかかる」という心の感触。

それはきっと大事なもので、無視してはいけないのです。

録画失敗は無意識からの警告だった

ひとつ、経験した例をご紹介します。

あるときYouTube動画の撮影をしていたのですが、録画に失敗していたことがありました。それはとあるアプリの不調によるものでしたが、2回試みて2回失敗。そのあと、なんと3回目に別のアプリに変えても今度は音声が途中から切れるということがありました。

何日か置いたあと、4回目のチャレンジでようやく撮影できてアップロードができ、ホッと一安心。と思っておりましたところ、しばらく経ってその動画は削除しなければいけないことになりました。

具体的な理由は書きませんが、ちょっとした不都合が、その動画にはあったのです。結局、しぶしぶ削除しなければいけないことになりました。

これをただの不運と取るのか? 「せっかく苦労して撮った動画が無駄になってしまった」ということなのか? おそらく、違います。

そもそも3回も録画に失敗していたという時点で、私はその動画の内容について、企画自体について、危惧を抱いていたのです。頭ではわからなかったけれど、無意識のレベルで「これはだめだな」と気づいていたはずなのです。だから、それが微細な違和感として出てきて、録画の失敗というかたちで顕在化していたのです。私はこう解釈しています。

違和感は、頭でわからないレベルのことをこっそりと教えてくれているのです。

違和感は未来のしくじりへの警告

動画の一件について言えば、危険自体がたいしたものでなかったため、違和感も微細なものでした。なので、無視して4回も撮り直してアップロードしたところで、たかだか削除するだけで済みました。

しかし、場合によっては違和感の先にもっと大きなしくじりが待っているかもしれません。

自分自身の言動や思考が、何かいつもと違う。どこか不機嫌だったり、逆に舞い上がっていたり、ぼんやりしていたり、こういうときは危険です。そのまま生活していると、大きな厄災を招いてしまうかもしれません。

あるいは他人の動き、言葉の端々、なんとなくの雰囲気。そこに違和感を覚えた場合は距離を取るべきです。その人物は近々、大きな失敗を犯す可能性があるから。

これを強く意識するのは車の運転中です。自分がどこかぼんやりしてる、いつもと感覚が違うと思ったら、スピードを抑えたり車間距離を広く取ったり、できれば運転自体を控える方がいい。また、前方で不審な動きをしてる車がいたら、できるだけスピードを抑え、距離を取った方がいい。違和感のある車というのはそのあともおかしな動きをするもので、近くにいたら事故に巻き込まれてしまうかもしれませんから。

運転は物理的に被害を受けるのでわかりやすい例ですが、それ以外でも、違和感のあるものには近づかないのが吉でしょう。頭ではっきり理解できなかったとしても、そこには失敗へと至る何らかの不安要素があるはずです。

違和感を鈍らせるポジティブ思考と多忙さ

違和感は、自分の無意識からの警告信号。決して無視してはいけません。が、世の中にはこの違和感を鈍麻させてしまうものがいくつかあります。

その一つ目、もっとも危険なのがポジティブ思考です。

いくつか前の記事で「ポジティブも大事」と書いたばかりですが、やっぱりこの危険性は認識しておかないといけない。ポジティブ思考は違和感が教えてくれる危険信号を問答無用で打ち消してしまいます。

「なんかおかしい。これはだめだよ!」と無意識が言ってくれているのに、表層の意識が「大丈夫、何とかなるさ! これでいいんだ!」と声高らかにそれを蹴散らし、危険な方向へずんずん進んでいく。結果、大きなしくじりを招いてしまう。

デメリットも認識した上で、あえてポジティブ思考を利用するのはいいと思うのですが、とにかくポジティブにという思考は破滅への一本道。気をつけなければいけません。ポジティブのご利用は計画的に。

ほかには、多忙も大敵です。

忙しいと感覚がにぶり、違和感をしっかり感じ取る暇がなくなります。おまけに「忙しい」は他者からも承認されやすいし、がんばっているというある種の充実感も得られるため、中毒のようになってしまう。と、違和感は置いてけぼりにされてしまいます。

多忙さにかまけていると知らぬうちに何かのリスクが肥大化し、手をつけられなくなってしまうかもしれません。

ポジティブ思考をやめ、多忙さも一度解消し、冷静に違和感と向き合うことが失敗を事前に回避させてくれるでしょう。

本物に触れることで違和感を磨く

違和感をあえて封じ込めるようなことは避けるべきです。ポジティブは節度を守り、忙しさも避けた方がいい。

ただし、感性自体が磨かれていない場合には、違和感自体が間違っているということも起こり得ます。何のリスクもないのに違和感を覚えてしまったり、逆に、本当に危険が待ってるのに違和感がうまく作動しなかったり。

たとえば、ネットビジネスの世界には詐欺があります。「1日15分、スマホを触るだけで月収100万円」とか「この投資システムなら年利300%も可能」みたいな。こういうのにひっかかる人というのは違和感が正しく作動していないに違いない。理屈うんぬんの前に、0.1秒で「おかしい!」と感じなければいけないのに。

では、正しく違和感が作動するにはどうすればいいのか? それはおそらく、本物に数多く触れることではないかと思います。文学でも、芸術でも、哲学でも、科学でも。

現代のものだと何が本物で何がハリボテなのかなかなかわかりにくいですが、古典であればすでに本物だけに精選されておりますので、感性を養うにはいいと思います。美しいもの、整ったもの、善なるものに触れていれば感性が磨かれ、それによって正しく違和感が作動するようになるはずです。

本当を言えば武術の修行をしたりヨガをやったり食事に気をつけたりなど、肉体の面からアプローチするのがもっとも効果的な気がしますが、なかなかそこまではできないので、とりあえず普段から本物の芸術なり思想に触れておくことがよいのではと思います。

まとめ

何となくの違和感。これはつい見落としがちですが、無視しているとやがて大きな失敗を招くかもしれません。そうなる前に、しっかりと向き合い、いったいどんなリスクがそこに潜んでいるのかを見極めることが大切です。

ネットには怪しいものがたくさんあり、そこらじゅうに違和感が転がっている。それは、一時期炎上して済むくらいのものかもしれないし、やがて致命傷になりうるものかもしれません。そうしたものに巻き込まれないために、違和感は大切にしましょう。