アフィリエイトをやっていると、不安になることがあります。「これで結果が出るのか?」「稼げるのか?」という初心者の不安もありますし、いくらか稼げても「稼ぎ続けられるのか」という将来への不安もあります。

一方、企業の正社員や公務員として働いていると安心しがち。だけど、果たしてこれでいいのでしょうか?

アフィリエイトには不安が付きまとう

転売やFX、デイトレードもそうかもしれませんが、いわゆるネットビジネスには不安が付きまといます。アフィリエイトなら、まずは「これで稼げるのか?」と不安になります。本当にオンラインだけで稼げるのかどうか、疑ってしまうものです。

しかし、いくらか稼げるようになったあとでも、ふと数年後、数十年後のことに思いを馳せたとき、「いつまで稼げるのだろう?」「もっと報酬額をアップさせられるだろうか?」という不安が出てきます。

サイトが稼いでくれるかはGoogle次第というところもありますので、アフィリは安定とはほど遠い。極端な話、Googleのアップデードでサイトが飛んでしまえば、先月まで月収数百万円の人がほぼゼロということにもなりかねません。

ですが、この不安というのは正しい不安です。

この先どうなるかわからないということを正しく認識した上で、それ相応の不安を抱いているので、ここには特段、誤りや幻想がありません。

他方で……

大企業・正社員・公務員は安心してしまう

世に名の知れた大企業の正社員、あるいは国家・地方を含めた公務員、こういう仕事は安心感があります。毎月の給料がそこそこいいのはもちろん、ボーナスもあるし、福祉は整っているし、何より、正社員や公務員は安泰であるというイメージが、共通認識があります。

この安心のイメージには、きわめて危険な香りが漂っています。

冷静に考えれば、いまある仕事はかなりの部分、消滅の危機に瀕しています。たとえば、聞いた話では、シンガポールでは道路にカメラが設置されており、速度超過などの交通違反は自動で車両が特定され、違反切符を切られるそうな。

日本では、オービスもありますが、基本的には警察官が道端にいて、あるいは白バイが物陰に隠れて見張り、いちいち取り締まりを行なっています。ですが、日本だってやろうと思えばシンガポールのような仕組みを導入することができる。もしそうなれば、日本にたくさんいる交通警察はかなりの部分必要なくなる。

税務署もそうです。もし電子マネーとクレジット決済がもっと進み、現金がほぼ使われなくなれば、脱税できる余地はほとんどなくなる。全部freeeみたいな会計ソフトで処理されるようになって、クラウドに入れた情報がそのまま税務署に共有されるようになれば、人力でチェックすべきことは激減するでしょう。そしたら税務署員があまりいらなくなる。

こうなってくると、公務員といえど、やるべき仕事がなくなり、雇用も盤石なものではなくなるはずです。

冷静に考えれば仕事自体が消滅しそうなのに、旧来のイメージだけで安定していると思い込んでしまう。これは間違った安心です。

安心することの不気味さ

正社員とか公務員が安定だと思い、そこに安心している人を見ると、何か空恐ろしいものを感じてしまいます。

本当はネットビジネスだろうが大企業だろうが公務員だろうが、この先どうなるかはわからないのに、特段の根拠なく、「こっちの道は安心」だと思い込むことが恐ろしいのです。

たとえばテレビで、公務員と結婚したいという婚活女性が登場したりします。そういう人を目にすると、とても不気味な感じがします。「公務員」のイメージも「結婚」のイメージも旧来のままで、そこにあるはずの不安をまったく顧慮していないのが不気味なのです。

たとえるなら、ホラー映画の序盤の楽しい場面を見ているような感覚。

あるいは、ブラック企業や過労死がよく問題として取り上げられますが、これも一部、間違った安心を求めた結果の悲劇ではないでしょうか。

正社員は安定していると思われているから、それを利用して悪い経営者に酷使され、結果として命を落としたり健康を害したりしてしまう。安心ではないものに安心を求めてしまって、結果として大きな不利益を被る――こういった危険が「間違った安心」には付きまといます。

不気味な安心に浸るくらいなら、正しい不安を感じながら生きていく方がまだいいでしょう。

おわりに

一般的に、「親が安心するような仕事」というのは安定して見られるバイアスがかかるので、懐疑的な目で見た方がいい気がします。でないと、いざその仕事が変質したり消滅の危機に瀕したとき、正しく対応できないでしょう。

一方、「親が心配するような仕事」や、世の中一般で「怪しい」と思われている仕事は、その安定バイアスがありません。なので、リスクを正しく認識しやすい。となると、それ相応の取り組み方、対策ができる。

将来のことを考えるなら、むしろ「将来どうなるかわからない」という正しい不安を持っていたいものです。