この頃、男と女のパワーゲームについてよく考えています。

30代も半ばにしてようやく、世の男女がどういった仕組みで駆け引きをしているのか見えてきました。

そこで、ここでは「男性を尻に敷く」という女性の基本戦略についてご紹介します。これは女性自身に大きな利益をもたらしますが、やがて巨大な副作用を生むことになるのです。

「男性を尻に敷く」は基本戦略

「旦那を尻に敷く」
「女房の尻に敷かれてる」

といった慣用句があります。つまり、夫が妻に、パワーバランスにおいて負けている状況のことです。

こうなると、お金の使い方や家族の方向性、子供の教育など、さまざまな面で女性側が主導権を握ることとなります。

「尻に敷く」という言い方は夫婦間でよく使われますが、しかし、彼氏彼女の関係でもこれは存在しています。恋愛の段階から、パワーバランスにおいて優位に立つ女性は多いものです。

その代表例が、デート代をどちらが出すか、という問題。毎回、全額を男性が出しているならば、これは完全に男が尻に敷かれている状態だと言えましょう。表面上、男性がリードしていたとしても、お金を出させられているという時点で実質の主導権は女性側は握っているのです。

一度こういう女性優位のパワーバランスが形成されれば、あとは勝者が思い通りに相手を動かすことができます。恋愛関係においてもそうだし、結婚後も、家庭の主導権を握ることができるでしょう。

「女性が上」は社会の共通認識になっている

夫婦において、どちらがパワーバランスで優位に立っていることが多いか? これは、一般的には女性の側です。

社会全体を見ると政治家や経営者などは男性が圧倒的に多く、いかにも男性優位の世の中になっているようにも思えます。しかし、各家庭を一つひとつ見てみるとむしろ逆。女性の方が上にいる。

象徴的なものが「お小遣い」です。

お金は男性が稼いできたとしても、家計は妻が管理しており、旦那には「お小遣い」として毎月数万円を渡していたりする。もしこのシステムが導入されているなら、その男性は完全に尻に敷かれています。どう言おうとも、夫婦間のパワーバランスにおいて、負けています。

そのほかの出費についても妻が財布の紐を握っている場合がかなりあって、今の日本社会においては、「女性が上」が共通認識になっていると言ってよいでしょう。

他にも、たとえば飲み会では基本的に女性の方が出す金額は少なくするのが当たり前だったり、婚活サイトでも女性会員の方が料金が安かったりします。ここにも女性優位が現れています。

また、付き合うための告白、プロポーズも、ほとんどのケースで男性からすべしとされており、「男は追う側」にされています。「勇気を出した挙句に拒絶されるコスト」は、当然のこととして男性側に負わされています。すなわち、最初からパワーで負けているんだということが前提にされているのです。

このように、男女間において、実は女性の方が上というのが基本的な仕組みとなっているのです。

上に立つと相手を意のままに動かせる

恋愛の段階からパワーバランスに勝利し、プロポーズをさせて結婚。こうなれば女性側の思うがままです。旦那を思い通りに動かすことができるでしょう。

まさに、「男はATM」と言わんばかりに金を稼がせてきて、自分はかなり好きにその使い方を決めることができる。女性優位のバランスが固定してしまえば、旦那の方も、たとえ月40万円稼いでいたとしても、3万円のお小遣いに疑問を感じなくなります。

最初から、男性が「付き合ってもらった」「結婚してもらった」という関係になっていますから、あとからこの劣位をひっくり返すのは難しい。男は完全に金を運んでくる奴隷に仕立て上げられてしまいます。

自分はほとんど何もせずとも、男を好きに動かすことができる。女性側の完全勝利です。ここまでは……。

ひきこもりは尻に敷く戦略の副作用かも

さて、ここからは私独自の仮説となります。

以上のように、女性の多くは恋愛においても夫婦関係においても、男性に対して優位を勝ち取り、相手を動かすというのを基本戦略としています。ここまでならまだいいのですが、この戦略を子供にも向ける親というのが一定数いる。

子供に対してもパワーバランスを意識させ、優位を勝ち取り、自分の意のままに動かす。そういうパワハラ戦略をとる母親がいるのです。

もちろん、自分の子供に対して優位を得ることは簡単です。

「産んであげた」
「育ててあげた」
「学校に通わせてあげた」

こういうことを意識させればいいだけです。

子供としては、毎日ご飯を食べさせてもらい、いろんなものを買ってもらってるわけなので、「してもらってる」感を否定することはできません。母親がその気であれば、子供を完全に「尻に敷く」ことができます。

こうして、親の期待に応えようとする「いい子」が誕生します。

ですが、このような戦略によって仕立てられた子供には、一つ重大な問題が存在しているのです。それは、母親に期待に応えられるほどの能力は、子供にはないということです。

これは当たり前で、その母親は能力を伸ばすような「教育」をするのではなく、パワハラ気味に「要求」しているだけなので、子供がそれに応えるというのはなかなか難しい。幼少期であればその要求も低いからまだ何とかなるかもしれませんが、思春期くらいになるとなかなか厳しいでしょう。

そもそも発達段階の子供に一方的な期待を押し付け、「要求」をするというのが異常なのですが、その母親にとってはそれが人生の勝ちパターンになっているので、路線変更ができません。

なんてことを考えていて、こう思いました。母親に「要求」ばかりされて途中で折れてしまった人が、ひきこもりと呼ばれる人たちなのではないのか、と。

ひきこもりの事例を見ると、母親からの過剰な要求のために挫折してしまった息子というケースがしばしばあります。そうした例では、母親が家庭で主導権を握っており、父親は影が薄かったりする。「父親は子育てに無関心」などと言われたりしますが、「子育ての主導権を母親に奪われている」が正しい表現ではないでしょうか。

恋愛・結婚のパワーバランスにおいて優位をとった女性が、その戦略を子供にまで適用してしまう。結果、子供にも「要求」ばかりして、途中で折れてひきこもらざるをえなくなる。

こういう構図が成り立つのではないでしょうか。

子供と親は平等である

余談ですが、子供は親によって一方的に「育ててもらった」わけではありません。

「産んでもらった」は、子供から言えば「産まれてやった」でもあり、「育ててもらった」は「育てさせてやった」でもあります。「学校に行かせてもらった」は「学校に行ってやった」とも言えます。

一方的にテイクしたわけではなく、それは同時に、親へのギブでもあったのです。

しかし、パワハラが基本戦略の母親はその事実を隠蔽し、さも自分が一方的にギブしてきたのだと主張します。ここは対・男性の場合と同じです。負い目を感じさせて相手に要求を通すというのが、彼女たちの基本戦略なのです。

子供としては、はやい段階でパワハラを受けているということを自覚してフラットな関係をめざすべきなのですが、これがなかなか難しい。メディアは財布の紐を握っている主婦の味方をしますから、「子供は親に感謝すべき」「子育てや家事は大変なんだ」「親というのはみな立派だ」というプロパガンダを日々垂れ流しています。

これを若いうちに疑って、欺瞞を見抜くのは相当に骨が折れるでしょう。

男性の優位を奪還すべきなのか

もしパワーバランスにおいて男が負けているなら、逆に、優位を奪還すべきなのでしょうか。「負けているなら、次は勝ちに行く」。もちろん、これも一つのやり方でしょう。

女に媚びるのではなく、むしろ追われる側になる。デート代を払うのではなく、むしろ払わせる。結婚してもらうのではなく、してやる。こうして逆転していくのも悪くはありません。

もしかしたら、今の日本社会はこっちの方向に進んでいるのではないか、とも思われます。家庭においてあまりに女性が強いので、男性を有利にしてやらなきゃいけない。最近、女性の社会進出とか、女性が輝く社会とか言われてますが、これは見方を変えれば、女性を「社会」という男性フィールドに引き出すことで、家庭でのパワーを削ぎ落とすための方策とも捉えられます。

女性の社会進出を促せば、男性の家庭進出を後押しすることになるだろう、ということです。

こうして男性優位にしていくことはもちろん可能ですが、しかし、はたしてこれが問題解決になるのか? これは少々疑問です。

アファーマテイブアクション(積極的是正措置)としてはありでしょうけど、もし男性優位になればなったで、また同じような問題は生じるわけで、根本的な解決にはなりにくいと思います。

理想はフラットな関係

あまりに平凡な結論ではありますが、やはり男女間において理想とすべきはフラットな関係でしょう。優位・劣位のない、平等な状態がいい。

パワーバランスにおいて勝者となって、相手を隷従させるという戦略は、やはりどこかに歪みが生じるはずです。夫婦間でどちらかがどちらかにパワハラで接していれば、それは子供にも及ぶ。しかし、フラットな関係であればこのデメリットは回避されます。

夫婦でどちらが上ということはなく、対等な付き合いができていれば、子供に対してもパワハラ・ベースで接することもなくなり、健全な子育てができる。延いては、ひきこもり問題も解消していくんじゃないか。

なんてことを思いました。